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madk1999

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10/16/2013 18:39:34

Saturday Night

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06/09/2013 19:48:17

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なんと、夫が立ち会った場合の女性の出産は時間がかかるらしい。出産時のトラブルが起こりやすいせいなのか、出産時間が延びてしまうのだ。

そして赤ちゃんが生まれた後に続いて出てくるはずの胎盤も、男性が立ち会った出産ではなかなか出て来なかった場合がほとんどらしい。これは、男性がいる事で女性の気が散ってしまい、「愛情ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンという物質の分泌が中断されてしまうからだ。

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03/06/2013 00:55:57

" 2012年1月4日ネット上にkopimism伝道教会がスウェーデンで正式に宗教として認められたという興味深い記事が流れました。(※2) kopimism伝道教会はスウェーデンの哲学科の学生Isak Gersonによって2010年に設立された組織です。彼はインターネット上での自由な知識共有の信奉者でした。倫理と政治哲学を専攻し、インターネットと著作権の共存について否定的であり、著作権制度自体に反対の立場をとっています。世界中で商業ソフトウェアやコンテンツの違法コピー(いわゆる海賊版)の規制が強まり、ファイル共有ユーザーが当局に迫害を受けている状況を嘆き、同志を救済しコピー行為を正当化するためにkopimism伝道教会を立ち上げました。また、彼らは国家による信仰の保護を求めてスウェーデンで法務や金融の行政サービスを司るKammarkollegietに対して、正式な宗教として認めるよう申請を行いました。その試みは2度失敗に終わりましたが、宗教としての体裁を整え3度目の申請でようやく実現にこぎつけました。

 2012年2月27日現在、教会は(ドメイン上ですが)世界17ヶ国に存在し、信者は6000人を超えるといわれています。その中には
日本教会が含まれているのも非常に興味深いところです。

 
kopimism伝道教会が目指すのは、全ての人々が知識を共有しあらゆる情報に自由にアクセスできる世界です。そのために情報の検索や知識の循環、それを促すファイルのコピーは神聖な行為として正当化されます。Windowsのコピー&ペーストコマンドのCtrl + CとCtrl + Vをモチーフにしたシンボルが彼らの信仰を端的に表しています。
 信者(Kopimist)達にとって、ファイルをコピーし、リミックスし、共有することは倫理的に正しい行為であるとされているわけです。更に詳しい信仰内容に興味のある方はkopimism伝道教会の信仰のページをご参照ください。また、憲法のページにはkopimism伝道教会の組織運営についても説明されています。個人的には、教義の中でインターネットが神聖なものとして尊重されていて、当局からの監視などを想定とした通信の秘密とうまく共存できそうな仕組みになっている点は興味深い部分です。ただ、今回はそのkopimism伝道教会の教義ではなく、こうした「知識の共有と循環を善とする宗教」を立ち上げた目的の部分について少し考えてみたいと思います。

■ なぜ宗教なのか
 スウェーデンという国は、BitTorrentにおける世界最大のトラッカーサイトThe Pirate Bayを生み出し、またインターネットファイル共有の合法化を目指した政党Pirate Party(スウェーデン海賊党)が設立されるなど、ファイル共有の歴史の中で非常に象徴的な立ち位置を占めています。特にスウェーデン海賊党の存在は、単に情報共有だけでなくユーザーのプライバシーを守るという発想においてもkopimism伝道教会の在りかたと非常にリンクしているように見えます。
 
 そのスウェーデン海賊党は、知識の自由な共有と情報の自由を理念として掲げて2006年に結成されました。著作権や特許法の改正など既存の知的財産権に対抗し、市民の権利を強化するという活動によりスウェーデン国内の7.13パーセントの票を獲得し、2009年の欧州議会選挙では1議席を獲得しました。このように民主主義的な手続きに則って、既存の法律を改正し、ハッカーの理念を達成しようとしているのがスウェーデン海賊党であるとする見方もできます。この試みは、手続きとしては非常にまっとうではありますが、市場経済のルールが優先される現代では、決して多数派にはならないでしょう。

 その意味でIsak Gersonによるkopimism伝道教会の設立は非常に興味深く、その是非はさておき個人的には3つの意義があると考えます。ひとつは民主主義的な手続きを踏みながらも、知的財産権と同じステージで争わないと宣言したこと。Kopimism伝道教会はスウェーデン海賊党とは異なる、法律と戦うのではなく回避する道を選択したわけです。ふたつめは国家から宗教としての認可を得たことで、国内の信者や宗教関係者が最低限の保護を受けられるような組織を生み出し、またその道筋を世界に示したこと。みっつめは知識の共有に対し「善」という、共同体の垣根を越えた普遍的な概念を定義し、その実現手段であるファイル共有を倫理的に肯定する教義をまとめ、広く布教活動を実施することを可能にしたことです。「ファイル共有を積極的に肯定する宗教」という響きはジョークのようですが、考えてみるとこれはなかなか現実的かつ興味深いアプローチであるとも思います。

■ スウェーデンの思惑
 ここまで、kopimism伝道教会やスウェーデン海賊党について、彼らファイル共有を是とする側の視点で書いてきました。しかし私が最も気にかかっているのは「なぜスウェーデンはkopimism伝道教会を宗教として認可したのか」という点です。
アイスランドのような特別な思惑があるのかもしれませんし、深い意図などないのかもしれません。私はいちヲッチャーとしてこれからもスウェーデンのファイル共有事情をヲチし続けようと考えています。また何か動きがありましたら、ブログで報告できればと思っています。


※1 正式に国家から宗教として認可されたことで「カルト」という表現は適切でないかもしれない。しかし動画を御覧いただければ一目瞭然だが雰囲気はまだまだ十分にカルトっぽい

※2 「正式に宗教として認められた」は意味的に強すぎるかもしれない。実際には国家に宗教として認識された、もしくは登録が認可されたという意味合いか
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02/23/2013 06:22:10

glitchee:

image

Megaman I on a NES emulator, glitched in a hex editor.

(via cutupradio)

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02/23/2013 06:22:04

【人間】キリストが魚を武器にゾンビを無双する映画『フィスト・オブ・ジーザス』公開

tetsutaro-s:

imageimage 

このマニアックな映画、たぶん国内ではまだ誰も紹介してないみたいだからいち早く紹介したい。

Read More

(Source: fistofjesus.com, via cutupradio)

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02/20/2013 07:13:59

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1人暮らしの女子大生らを狙い、乱暴を繰り返したとして、京都府警が、強姦致傷などの疑いで住所不定、無職、戸崎雄介被告(30)=強姦致傷罪などで起訴=を逮捕していたことが18日、分かった。府警は同日、戸崎被告を追送検し、捜査を終えた。

 逮捕、送検容疑は、昨年3~8月、京都市や大阪市内のマンションで、10代後半から20代前半の女子大生ら7人に乱暴するなどしたとしている。戸崎被告は同年8月7日に強姦致傷容疑で府警に逮捕されていた。

 府警によると、戸崎被告はインターネットなどでオートロックの女性用ワンルームマンションなどを物色。非常階段の塀を乗り越えるなどして、無施錠の部屋に侵入する手口で犯行を繰り返していた。被害者の写真を撮影し、警察に通報しないよう、口止めしていたという。

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01/13/2013 03:40:42

"⑧最後にお国柄の違いが分かりやすい例で見る事が出来たので、書いておきます。
大人が困難な状況にいる子供やお年寄り、動物に対して物凄く優しいという一例です
実際見て驚いたのは完全倒壊した建物の中に、人は残っていなかったが、飼い猫が居るはずだ
と子供が泣いていたらベロンベロンに酔っ払った爺さんがサッと胸に十字を切って瓦礫に突入して
20分位経過したら、なんと猫の首根っこを掴んで真っ白になりながら出て来た、更に驚いたのは
誰も爺さんを止めなかった事です、自分は危ないから止めた方がいいのではと、隣にいたのオヤジ
に聞いら『爺さんは男だろう、男が自分でやると決めたのだから誰にも止める権利はないのだ』
と言ってた、そして猫を救助して、みんな拍手喝采、子供は爺さんに抱き着いて一件落着と
思ったら、なんと爺さんまた瓦礫に突っ込で行きなんと子供のボロボロになった、正体不明の
ぬいぐるみをなぜか口にくわえて出て来た、爺さんが子供に一言
『これで寂しくはないよ、もう大丈夫だ』と言い残した後、大袈裟にぶっ倒れてしまい
それを見たみんなが、なぜか爆笑していた、爺さんは住民が差し出したワインを持って
フラフラしながら、どこかへ歩いて行ってしまいましたが、ヨーロッパ人の本質をあらわしているなと思いました"

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12/25/2012 17:26:55

gamefreaksnz:

Grand Theft Tardis 10 by nikholmes
USD $10 for 24 hours only
Follow the artist on Tumblr

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12/09/2012 11:50:56

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以下の文章は、トム・モレロによる、ジョー・ストラマーの追悼エッセイ「Farewell to Joe Strummer」(原文→http://axisofjustice.org/features/strummer.html)を私が訳したものです。パンクが好きな方は、ぜひ読んでください。

 さよならジョー・ストラマー
       byトム・モレロ


 俺がThe Clashを初めて聴いたのは、高校生のときだった。俺は新聞部だったんだけど、ある日、デイヴ・ヴォーゲルっていう仲間が『London Calling』を持ってきて、そのアルバムを聴きたがっている奴らに見せびらかしていた。そのアルバムのジャケットがマジでカッコいいと思ったので、俺は彼に「それってヘヴィーメタルなの?」って訊いたんだ。そしたら彼は「違うけど、でもマジで凄いよ」って言った。ほんとかよって思ったけど、俺は彼にそのアルバムを貸してくれるように頼み、そしてテープにダビングした。このドルビーに難アリの低品質なカセットテープは、俺の頭の中を炎で満たし、心と魂を焦がした。そしてすぐにThe Clashは俺の大好きなバンドになったんだ。

 その頃、俺はパンクロックバンドでプレイしていた。俺たちの曲のほとんどには、面白おかしい題名が付けられていた。“彼女はカミソリを食う(She Eats Razors)”とか“俺を叩いて、ムチで打って、ショボい気分にしてくれよ(Beat Me,Whip Me,Make Me Feel Cheap)”とかね。でも、初めて『London Calling』を聴いてから1週間後に、俺は生まれて初めて政治的な曲を書いたんだ。曲名は“サルバドルの死の戦隊のブルース(Salvador Death Squad Blues)”といって、レーガン政権の中央アメリカにおけるひどい施政についてロックで論評したものだ。やがてまもなく、新聞部で反乱が起こった。保守的な教師が、アパルトヘイトや、死の戦隊を支援するアメリカ合衆国や、その教師が馬鹿チンである事実などについて記事を書く俺たちを嫌がったのだ。それでこの学生新聞からは大量の離脱者が発生し、代わりに“The Student Pulse”っていう大人気のアンダーグラウンド新聞が誕生したというわけだ。The Clashは俺の背中を押して政治的な曲を作らせ、10代の若者としての政治的な立場を明確にさせてくれたんだよ。

 その年の後半、俺はシカゴのthe Aragon BallroomでThe Clashのライブを観る機会に恵まれた。それはまったく圧倒的な経験だったよ。彼らは永遠の偉大なるバンドであっただけでなく、俺の音楽的劣等感も治癒してくれたんだ。このライブを体験するまで俺は、“本物の”ロックンロール・ミュージックを生み出すためには、壁のように巨大なマーシャルアンプ群と1万ドル(約120万円)ものレスポールのギターがなくちゃならないって、ずっと思い込んでいた。でも、ジョー・ストラマーは俺が持ってたのと同じミュージックマンの安い小さなアンプを使っていたのだ。そのアンプは椅子の上にちょこんと置かれていた。高校時代のバンドの練習室で椅子の上に置かれていた俺のアンプみたいだったよ。だけど、彼らは俺がそれまで聴いた中で最も情熱的で強靭な音楽を生み出していたんだ。その夜は、大勢のキッズたちが、自分にもそれができるって思いながらライブ会場を後にした。The Axis of Justiceのモットーである“未来は未知数(the future is unwritten)”は、俺がその夜買ったTシャツに書いてあった言葉に由来しているんだ。

 Rage Against The Machineの初期のツアーでは、常にThe Clashのテープとブートレグ(海賊盤)が移動中における俺の音楽コレクションの最重要アイテムだった。それらはヨーロッパの長くて凍えそうなバス移動の中で、俺に凄まじいインスピレーションを与えくれ、俺を慰めてくれた。ひどい音質のブートレグテープを聴いていると、ジョー・ストラマ―の声から、彼が3分間の歌で世界を変えてしまうことができると本当に信じていたってことや、そしてあの夜、彼はロックスターの栄光や、金や、自己満足や、エゴを目的としてプレイするためにあの場所にいたわけじゃないってことが、今でも、そしていつでも聴き取ることができるんだ。彼は、ライブ会場にいる彼自身も含めた全員の魂を救う決意を持って、プレイしていたのだ。

 Sex Pistolsは、世界をパンクロックに気付かせた引火点だった。The Clashは、政治をパンクロックに不可逆的に縫い込んだ。そしてジョー・ストラマーは、The Clashの心であり、魂であり、良心であった。

 ジョー・ストラマーほど真のパンクロックを体現しえる者は、誰もいないように思える。彼はビジネスの面でも真摯な偉大なる反骨の士だったと俺はいつも思う。The Clashが偉大だったのは、ロックンロールバンドを“演じる(performing)”ためには、自分たちの清廉潔白な姿勢をいかなる方法でも侵害してはならないと理解していたからだ。だからこそ彼らは、彼らが実際に反逆のロッカーたちであったように、反逆のロッカーたちの一味であると思われた。ルックスも、サウンドも、ファッションも。
 
 俺がいつもThe Clashについて感嘆してしまうのは、彼らが音楽以外の面でも、バンドとしてどんなメッセージを発するかに、凄まじい注意を払ってきたという点だ。彼らはThe Clashのライブや、The Clashの意見、The Clashの政治的見解、彼らがお互いにどんなことを考えているか、自分たちの歌で何を主張するのが重要なのか、そして自分たちの清廉潔白な姿勢を高い水準で維持するためにはどうすべきか、“重要な唯一のバンド”であり続けるためにはどのような立場に立つべきなのかといった問題について議論するために、数え切れないほどのミーティングを行ってきたのだ。

 また、ジョーはシングルの曲を選ぶ際に、その曲が必然的にヒットする可能性があるかどうかよりも、その曲が持つ今日的意義に基づいて考慮すべきだと主張していた。The Clashが作ってリリースした“The Call Up”は、アメリカ合衆国の徴兵登録再制定に反対したシングル曲だ。この徴兵登録制度は当時、中央アメリカ全土に忍び寄るヴェトナムの影と共に巨大な論争の種となっていた。“The Call Up”のようなぶっちゃけて真実を告げた詩的な歌詞は、徴兵制度が実現したら自分たちはどうするのかについて、多くの若者たちが決心するのを助けたのである。

 俺はイギリスのプレスが、The Clashに背を向けるやり口に、常にひどくうんざりさせられてきた。デビューアルバム以降のThe Clashに対して、イギリスのマスコミは卑しい嫉妬を抱いているように思えたのだ。いったんは、世界中でひっそりとくつろげる彼らの故郷まで、彼らの足跡を頭の足りない糞餓鬼みたいに追い掛け回してたくせに、『London Calling』や『Sandinista』のような驚異的なアルバムには背中を向けて無視していたのだ(ちなみに『London Calling』はRolling Stone誌の1980年代を代表するアルバムの1位に選出されている)。

 The Clashは大金のために再結成するという誘惑に絶えず抵抗してきた。その理由は、このバンド、そしてバンドのメンバーたちの偉大さにあると言われてきた。彼らが勿体ぶったエリートのように自分たちの“伝説”に泥を塗ってしまうことを恐れ、敢えて再結成しないのではないかというわけだ。しかしその邪推は誤りであり、むしろ彼らの友人でありドラマーであるトッパー・ヒードンが健康上の理由(ヘロイン中毒)で参加できなかったというのが真相である。The Clashの素晴らしいドキュメンタリー『Westway to the World』の終盤近くでジョーが述べているように、「バンドのケミストリー(化学反応)がすべて」なのだ。ジョーは、最初のトッパー・ヒードンの脱退、そして次のミック・ジョーンズの脱退について、瞳に涙をたたえ、悲嘆に暮れながら話す。その語りは必聴に値する。なぜなら、バンドのケミストリーは本当に重要な問題だからだ。初期のThe Clashのラインナップには、そのケミストリーの力が進行方向に沿って持続している。それはちょうど今日のU2が、いまだにケミストリーに対して開放的であるのに似ている。

 Rage Against The Machineの頃はずっと、ジャーナリストたちは俺にいつもこういう質問をしてきたものだ。「なんでRageみたいな政治的なバンドがEpic Recordsと契約して活動してるんですか?」 その度に俺は全世界へメッセージを広める重要性についての長くて華やかな説教で答えてやった。だけど本当は、俺はたった2つの単語で答えることができたんだ。すなわち、「The Clash」。俺はThe Clashのおかげで、活力に満ち溢れ、政治に関心を抱き、変化した。そしてなぜ俺が彼らの音楽を聴いたかと言えば、デイヴ・ヴォーゲルが『London Calling』を、イリノイ州のちっちゃなリバティヴィル(Libertyville)にある地元のホーソーン・モール(Hawthorne Mall)内のミュージックランド・レコードで購入したからだ。そしてなぜデイヴが近所のショッピングモールでこのアルバムを入手できたかと言えば、このバンドがEpic Recordsと契約して活動していたからだ。もしRage Against The Machineの歴史において、The Clashが俺に影響を及ぼしたのと同じように、俺たちが誰かを活気付け、政治に関心を抱かせることができたのであれば、Epic Recordsと契約した決断は単にそれだけの価値があったというだけじゃなく、かなりスゲエことだったと言える。

 数年前、俺はジョー・ストラマーの作品でプレイする機会に恵まれた。彼は『サウスパーク』のサウンドトラックに提供する歌を制作していて、リック・ルービン(注:ヘヴィーロック界の大物プロデューサー)が俺にぜひ来てギターをプレイしてほしいと依頼してきたのだ。というのも、その前に彼らが録音した奴(偶然にも非常に有名なロックラップバンドでプレイしている奴)のギターは収録できないとのことだった。俺は1971年モノのマッスルカー(注:ゴツいアメ車)でスタジオに向かい、偉大なるジョー・ストラマーを紹介されたんだけど、生涯でこのときほど緊張したことはない。ジョーは期待を裏切らなかった。その曲は決してベストではなかったけれど、でも彼はまさしくベストだった。非常にささやかなレコーディングは終了したかに思えたが、急速に赤ワインのボトルがいくつも空にされながら、たくさんの話が語られた。彼は、いかに世界中をいつも飛び回って自らの音楽に満ち溢れた旅をしてきたのかを、俺に語ってくれたのだ。彼はどこに行くのにも、自分が所有しているカセットテープやアルバム全てを持ち歩き、いつでもすぐ聴けるようにしていたという。しかし、それを続けて数十年後、年をとった彼は、自分のレゲエコレクションを数え切れないほど何度も様々なエージェントに見せたり聴かせたりするのに、ほとほとうんざりしてしまったそうだ。それで、彼はあまり知られていないメキシカンバンドの曲を集めた30分のカセットテープ1本だけにコレクションを減らしたという。彼はそのテープを俺たちに聴かせてくれた。彼はそのテープを無条件に愛していて、その後ずっと持ち歩いているテープはそれ1本だけだという。俺は座ってじっと聴きながら、馬鹿みたいにニコニコしていた。

 ジョーは俺のマッスルカーに魅了された。1971年モノのセミオレンジのドッジデーモン(Dodge Demon)だ。俺にとっての偉大なロックンロールヒーローが、俺の車のフロントシートの辺りを這い回って、ドッジデーモンのフロアマットのオリジナルデザインに、彼独特の変わらないアクセントで驚嘆しているのを見るのは、なんとも奇妙な光景だった。

 スタジオにいるとき、彼はときどき何時間か姿を消したものだ。そんなとき、彼は自分の古いキャディラックの中で作詞に取り組み、ミキシングルームで出来上がったばかりの最新ミックスを入手して車中で聴いていたのだ。リック・ルービンと俺は、ミキシングルームに座ってアシスタントの子がジョーとメモ――「これ以上はひどくなりようがないと俺は思う」とか「もうちょっとで2番の歌詞に辿り着けそう」といったようなもの――をやり取りするのを待っていた。そして終いには、アシスタントの子とジョーの、不明瞭な引用やとりとめのないことが記されたメモのやり取りが、ジョーが帰ってくるのを待っている俺たちを爆笑させ続けた。ジョーがキャディラックに乗って“部外者は全部無視!(Ignore All Aliens)”っていう教えに基づいて、あの有名な彼のテレキャスターを爪弾くのに没頭しているまたとない瞬間に、俺は立ち会うことができたわけだよ。もちろん俺がテレキャスターを弾いている理由は、ジョーがテレキャスターを弾いているからに他ならなかったし、俺はこの驚異的な、歴史に残るギターを手にして、ここ数年の崇高なる瞬間を刻み込んだ俺の大好きな曲たちを作曲したり演奏したりしてきたのだ。それなのに、何故俺がその瞬間を保存するためにカメラを持っていかなかったのかなって、俺は自分が理解できないよ。そのジョーのギターは、初期のThe Clashのセットリストを録音したギターであり、ジョーは覚えてないかもしれないけれどいくつものライブでかき鳴らされてきたギターであり、後の世代にもずっと伝わる名曲たちを生み出したギターであり、つまりは俺がすっごく崇拝しているギターなんだよ。

 最後にジョー・ストラマーと会ったのは、ちょうど1年半前、彼が自身のバンドThe Mescalerosを率いてトルバドール(注:ロサンゼルスのTroubadour)でプレイしていたときだった。俺は本当に感銘を受けた。ジョーは全身全霊で、The Clash全盛期とまったく変わらない強烈さで、プレイしていたんだ。そして彼の新しい音楽と歌詞は、前向きで挑戦的だった。明らかに彼は、最後まで、活力に満ち溢れたアーティストだったのだ。さらに、彼がThe Clash時代の“Bank Robber”や“London’s Burning”みたいな宝石を放ったときなんか、会場は完全に発狂した。俺なんて、デカイ声で叫びすぎて、その後1週間声が出なくなったほどだ。

“White Riot”という曲で、ジョーはこう歌った。

「お前は支配するのか?
  Are you taking over
 それとも支配されるのか?
  or are you taking orders?
 お前は退行していくのか?
  Are you going backwards
 それとも先へ進んでいくのか?
  Or are you going forwards?」

 この4行を紙に書いて、冷蔵庫に貼り付け、君は毎日この4つの問いに答えるべきだ。俺はそうしてる。

 ジョー・ストラマーは俺の偉大なるインスピレーションであり、俺のオールタイムのフェイヴァリット(大好きな)シンガーであり、そして俺のヒーローだった。彼の逝去はひどいショックと驚きをもたらし、俺はそれによって深く悲しんだ。俺はもう彼に会えないことに凄まじい寂しさを感じているけれど、でも俺は、彼が後世に残してくれた素晴らしい音楽の遺産を継承していけることに感謝しているんだ。The Clashは、レコードのB面の曲たちでさえ、今日ラジオでかかっているどんな曲よりも遥かに優れているバンドの一つだ。もし君がこの凄まじいバンドをまだチェックしていないのなら、歩かずに走って、The Clashの全アルバムを手に入れろ。ジョー・ストラマーが、そしてThe Clashが、未来に向けて、君の心を激しく揺さぶり、インスパイアし続けることを、俺は確信している。神のご加護を、ジョーに。

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11/30/2012 09:22:31

"2012年11月5日、筆者は産経新聞より読書面にエッセイの寄稿を求められました。文字数は14行×55字=770文字、締め切りは12年11月26日、掲載日は12月2日ということでした。担当者は、私の著作を読んでおり、また「『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』へのゲスト参加等々、拝見、拝聴し、刺激を頂いて」いる旨を明言していました。私は念のため、「どんな本を選んでもよいという確約をいただきたい。たとえば、おおげさではなく『共産党宣言』 で載せることは可能ですか?」と確認をし、快諾を頂戴しました。そして11月25日の夜に執筆した文書を産経新聞に送信しました。すると、26日夜にメールが着信し、一方的に紙面掲載を拒否されました(前日に入稿しており、さらに770文字という短い分量なのですから、内容が別の意味でそぐわないなら修正の交渉をするという方策があったはずですが)。

 私は、最後のメール(26日夜)で、産経新聞の掲載拒否の理由は論理的ではなく、説得力に欠き、他のいわば「政治的理由」がここに働いていると理解せざるを得ないと担当記者に語りました。このメールへの返信はいま現在も届いておりません。

 念のため。産経新聞の担当記者の態度はすこしも横柄なところはなく、誠実な記者たらんと努めていることが文面から伝わってきました。優秀な記者、という印象すらあった。すると、問題は彼個人にはなく、産経新聞という企業そのものの体質や方針にかかわってくることだと理解せざるを得ません。私は産経新聞の今回の決定に抗議します。

 以下がそのテクストです。

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 坂口安吾『堕落論』を紹介する(仮題)

 昨年夏に刊行された石原慎太郎氏の著作『新・堕落論——我欲と天罰』(新潮新書)は瞠目すべき著作である。氏は、現在の日本を「豪華客船タイタニック号」「贅沢に慣れきった」「華やいだ悲劇」だと診断し、国民全員の「我欲」、すなわち「金銭欲、物欲、性欲」こそが堕落の原因と断じ、「ここまで堕ちた民族が大きな罰を受けない訳はない」として、東日本大震災こそ天罰だと力説、堕落と対米従属から脱する為に自前の核武装が必要であって、原発廃棄などは「ヒステリック」な「愚か」さだと言う。氏の国民への罵声は止むことがない。曰く「愚劣な官僚」、「韓国が行っているように軍役に赴かせる」ことが必要な位の「若い世代の弱劣化」、「大人たちの物欲、金銭欲、性欲にまかせる心の荒廃」、「経済至上主義」、「政治家を含めて日本人は幼稚」「『こらえ性』の欠如」。しかし奸賊を「誅する壮士はどこにもいはしない」。続いてネットとゲームとケータイに溺れる若者たちを変態性欲と結びつけ、真の恋愛と性を知らぬと糾弾する。終戦当時十四歳であった筈の氏が、自らを戦争体験者であるかのように語りつつ。——全く、感動的な、素晴らしい明察と言うべきではなかろうか。ご自身のような政治家が命脈を保っていられる理由を語り尽くして余すところがない。その幼稚な国民こそが、まさに氏を支持し、黙認しているのだろうから。
 安吾の「堕落論」から「続堕落論」を経て「もう軍備はいらない」に至る徹底した世界史的思考には、石原ごときの文言がつけいる隙は無い。「堕落せよ」「嘘をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ!」と叫びつつ、しかし強烈な緻密さで息を呑ませる安吾の堕落論、「人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの一条に限って全く世界一の憲法さ」と言い放つ安吾こそが、今読まれねばならない。

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 ちなみに、より詳しい経過とこの著作に対するコメントを付した「註釈付き完全版」を、『アナレクタ5』に掲載する予定です。"

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